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名古屋地方裁判所 昭和56年(ワ)2907号 判決

原告

黒崎忠彦

右訴訟代理人弁護士

片岡信恒

被告

浅野工事株式会社

右代表者代表取締役

青砥武夫

被告

株式会社花井組

右代表者代表取締役

花井勝美

被告ら補助参加人

安田株式会社

右代表者代表取締役

安田金治

被告ら及び補助参加人訴訟代理人弁護士

北林博

山田靖典

同復代理人弁護士

坂口良行

被告株式会社花井組及び補助参加人訴訟復代理人弁護士

村元博

主文

一  当裁判所が当庁昭和五六年(手ワ)第三四三号約束手形金請求事件につき昭和五六年一〇月八日言い渡した手形判決を取り消す。

二  名古屋地方裁判所半田支部が同庁昭和五六年(手ワ)第一二号約束手形金請求事件につき昭和五六年九月二一日言い渡した手形判決を取り消す。

三  原告の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用(参加費用を含む)は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(原告)

一  主文第一、二項掲記の各手形判決を認可する。

二  異議申立後の訴訟費用は被告ら及び補助参加人の負担とする。

(被告ら)

主文同旨の判決

第二  当事者の主張

(原告の請求原因)

一  被告浅野工事は別紙手形目録(一)記載の約束手形(以下本件第一手形という)を振り出した。

二  被告花井組は別紙手形目録(二)記載の約束手形(以下本件第二手形という)を振り出した。

三  本件第一、二手形の各裏面にはそれぞれ別紙手形目録(一)・(二)記載のとおりの記載がある。

四  原告は本件第一、二手形をいずれも支払期日に支払場所において支払のため呈示したが、支払を拒絶された。

五  原告は現に本件第一、二手形を所持している。

六  よつて原告は被告浅野工事に対し本件第一手形金三四三万一六四四円及びこれに対する支払期日である昭和五六年七月二日から、被告花井組に対し本件第二手形金五〇〇万円及びこれに対する支払期日である昭和五六年六月二〇日から各支払済みまで手形法所定の年六分の割合による利息金の支払をそれぞれ求める。

(請求原因に対する被告浅野工事の認否)

請求原因はいずれも認める。

(請求原因に対する被告花井組の認否)

請求原因1は認める。但し受取人及び振出日欄は白地のまま振り出したものである。

(被告ら及び補助参加人の抗弁)

一  本件第一、二手形は、訴外富士防災設備株式会社が振り出した別紙手形目録(三)記載の約束手形(以下本件第三手形という)及び訴外大島建設株式会社が振り出した同目録(四)記載の約束手形(以下本件第四手形という)と共に、補助参加人が各振出人から管材料代金の支払のために振出・交付を受け、保管していたものである(但し本件第二、四手形はいずれも受取人、振出日の記載は白地であつた)ところ、昭和五六年三月一日午前七時ころ、金庫泥棒によつて合計金五〇〇〇万円相当分の手形と共に窃取された手形である。

二  本件第一、三手形の受取人及び第一裏書人、本件第二、四手形の第二裏書人には新岩仁助なる記載が手書でなされているが、住所が異つているうえ、新岩仁助のなしたものではなく窃盗犯人又は原告自身が偽造したもので、原告は本件各手形が窃取されたものであることにつき悪意であつたものである。

三  然らずとするも、原告は、合計額面が金一〇〇〇万円を超える本件各手形を、犬山祭で初めて会つたその素性も全く判然とせず、単に土建業者と名乗る者から取得し、譲渡人の身元の調査を全く行なつておらず、更には振出人、裏書人への照会は全くなされておらず、本件第一、三手形の第一裏書人の補助参加人の記載が手書のうえ、三文判が押されているにすぎず、健全な一般通常人ならば疑問を持つべきであるのに、単に振出人の信用調査をしたのみで、本件各手形の取得については重大な過失があつたということができる。

四  したがつて原告は本件第一、二手形の取得につき悪意又は重大な過失があつたということができ、手形金の請求をすることができない。

(抗弁に対する原告の認否)

一  抗弁第一項はいずれも知らない。

二  同第二項のうち、新岩仁助の記載が手書であることは認めるが、原告が偽造したこと及び悪意であることは否認する。

三  同第三項のうち、原告に重過失があることは否認し、その余はほぼ認める。原告は本件各手形を美術品の正当な取引に基づいて取得したもので、調査のため支払場所たる銀行に問い合わせているが、その際盗難手形の話は全く聞いておらず譲渡人の説明も矛盾がなかつた。なお手形の性格上、直接振出人や裏書人への問合せをする必要はない。

四  同第四項は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被告浅野工事との間においては請求原因は争いがない。

二被告花井組との間においては請求原因第二項については争いがなく、但し被告花井組は振出日及び受取人は白地であつた旨主張しているが、白地補充権を付与した手形を振り出したと推認できるので、他に主張、立証がない以上、右補充がなされたことについて争うことができないものということができる。

請求原因第三、四項については、甲二第一号証の記載自体及び成立に争いのない符箋部分から認めることができる。

同第五項は当裁判所にとつて明らかである。

三なお原告が本件第一、二手形を譲り受けた者が裏書人である訴外新岩仁助ではないことを認めるに足りる証拠はなく、右裏書が無効であることの立証はなにもなされてない以上、原告が連続した裏書のある本件第一、二手形の所持人であることから、本件第一、二手形の適法の所持人としての推定を受け、手形上の権利を主張できるものということができる。

四次に被告ら及び補助参加人の抗弁について検討する。

1  本件第一、三手形の受取人及び第一裏書人、本件第二、四手形の第二裏書人には新岩仁助なる記載が手書でなされていること、抗弁第三項の原告に重過失があることを除く事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(一)  補助参加人は各種銅鋼鉄材の販売等を目的とする会社であるが、被告ら、富士防災設備及び大島建設に管材料を販売し、昭和五六年二月二八日までに以上の四社から管材料の代金の支払のため本件各手形の振出を受け(但し本件第二、四手形の振出日及び受取人の各記載は白地であつた)、金庫に保管していたところ、同日夜から同年三月一日午前七時三〇分ころまでの間に、他の額面合計五〇〇〇万円の手形と共に盗難にあい、このため、同日、直ちに愛知県警中警察署に対し盗難の届出を出すと共に、同月四日、日本経済新聞、朝日新聞及び中日新聞に本件各手形を含む盗難手形について約束手形盗難公(広)告を出し、更に同月二日から同月一二日までの間、本件各手形の支払場所である各銀行に対し盗難のため支払停止をするよう手形事故届を出し、各振出人にもその旨の連絡をした。

(二)  原告は、昭和五一年ころから、東和物産という屋号でギフト製品、美術工芸品の卸売りや各地の祭に出店を出したり、各地の公民館などで即売会を催して右各製品の販売を行つていたもので、時折、顧客から代金支払を手形で受け取ることもあり、手形についての知識はある程度有していた。

(三)  ところで原告は、昭和五六年四月一〇日、愛知県犬山市で行われた犬山祭に出店を出し、右各製品の展示即売をしていたところ、それまでいずれも面識のなかつた約五〇歳及び約四〇歳の男性二人が右出店に顔を見せ、置物、香炉など合計金一一万円相当の品物を現金で購入したが、その際、原告に対し、より高価な美術品の売却を求めたので、原告は訴外牧田某から賃借していた岐阜県安八郡安八町東結の原告の店舗の地図を書いて、原告の名刺と共に右両名に渡して右店舗には他にいろいろな製品が保管してある旨告げたところ、右両名は、翌日もしくは翌々日である同月一一・一二日、原告の右店舗を訪れ、恵比寿大黒天の置物など約八、九〇万円相当の品物を購入することとしたが、その代金支払のため振出日及び受取人の記載が補充され、第一裏書人の記載も手書きでなされていた本件第四手形を示してこれで売つてほしいと言われ、原告は一たんは断つたものの、強く懇請され、右手形の支払場所である名古屋相互銀行茶屋坂支店に振出人である大島建設の信用度を電話で尋ねたところ、間違いのない会社である旨の返答があつたので、右手形を信用し、値引して右手形の額面で右商品を売却し、右手形を受け取つたが、その際、右両名は土建業者であると告げ、原告は右手形の受取人及び第一裏書人の記載から約五〇歳の男が新岩仁助であると判断し、同人をそのように呼んでも、特に異議を述べることはなかつた。

(四)  続いて、右両名は、その翌日である同月一二・一三日、再び原告の店舗を訪れ、約五〇歳の男の新築する家の置物にするということで売値が金一七〇ないし一八〇万円の台湾ひすい原石二個を購入することとし、第一裏書人欄に「岐阜市鶴田町三丁目二四安田株式会社代表取締役浦瀬武夫」と手書され、代表権限のない「浦瀬」の三文判が押捺され、第二裏書人欄に「新岩仁助」と手書され、「新岩」の三文判が押捺されている本件第三手形を見せてこれで売つて欲しい旨述べ、原告が右手形の支払場所である協和銀行九段支店に振出人である富士防災設備の信用度を電話で尋ねたところ、間違いのない会社である旨の返答を得たので、本件第三手形で右商品を売却した。

(五)  更に前記両名は、同月一七日ころ、再び原告の店舗を訪れ、原告が昭和五四年ころに金一二〇万円で仕入れた鎧を購入することとしたが、原告が売値を金一〇〇〇万円である旨述べたので、本件第三手形と同じように第一、第二裏書人欄がそれぞれ手書され、三文判を押されている本件第一手形と、本件第四手形と同じように振出日及び受取人の記載が補充され、第一裏書人の記載も手書でなされている本件第二手形を見せてこれで売つて欲しい旨言うので、原告は右各手形を調査することとし、右両名に帰つてもらうこととしたが、その際、約五〇歳の男性は新岩組という大きな会社を経営しており、右各手形は仕事を通じて受け取つた手形である旨を話したが、原告が連絡先を尋ねたところ家を新築しているので電話はまだ引いていない、こちらにはゴルフできているので、明日また来る旨答えたので、新岩組については電話帳で調べれば電話番号が判ると考えた原告は、それ以上、右両名の身元について尋ねなかつた。そして原告は本件第一、二手形の支払場所である各銀行に各振出人の信用度を電話で尋ねたところ、安心できる会社であるとの返答を受け、更に原告が知合の訴外大垣信用金庫墨俣支店の次長にも各振出人の信用度を尋ねたところ、同様の返答を得たので、本件第一、二手形を信用することとし、翌同月一八日ころ、前記両名が原告の店舗に来た際、右各手形で右鎧を売買して、右各手形を受け取つた。

(六)  なお原告は各支払地である各銀行に各振出人の信用度については尋ねたが、その際、本件各手形が盗難等によつて問題のある手形であるかどうかは全く確認せず、手形の額面についても真実とは異なる多額の金額を述べたもので、振出人や受取人となつている補助参加人に対する問合せも全くせず、支払期日までは譲渡人と思われた新岩仁助及び新岩組についての調査も全くしなかつた。

3  被告ら及び補助参加人は原告が本件第一、二手形取得の際、盗難手形であることにつき悪意であつた旨主張するが、直接これを認めるに足りる証拠はなく、原告が「新岩仁助」の記載をなしたことも認めることはできない。なお証人新岩仁浩の第一回証言中には、原告は昭和五六年四月の犬山祭の数日後に訴外新岩仁浩方を訪れ、手形割引を申し込んだり、美術品の販売をしたことがある旨の供述部分があるが、証人新岩仁浩の第二回証言及び証人新岩南子の証言に照して必ずしも信用することはできない。

4  次に被告ら及び補助参加人主張の重過失について検討するに、前記2認定事実によれば、原告は本件各手形を取得する以前に手形による取引の経験があり手形についてはある程度の知識、経験を有するものであるところ、本件第一、二手形の額面合計が金八四三万一六四四円という高額のもので、しかも仕事を通じて受け取つた手形であると言われたにもかかわらず、本件第一手形の第一裏書人の記載が手書で三文判が押捺され、同手形の第二裏書人並びに本件第二手形の受取人及び第一裏書人の記載も手書で三文判が押捺されていることから、本件第一、二手形が、通常、仕事の支払として振り出され、流通している商業手形とは異なつていることが容易に認識することができ(手書の裏書自体その効力を否定できないことは勿論であるが、通常、正常に流通している手形において、信用のある会社などが手書、三文判で裏書をすることはほとんどありえないことは否定できない。)、それだけ授受に慎重な配慮が求められるにもかかわらず、本件各手形の譲渡人が譲り受ける直前の犬山祭の出店の顧客として初めて知り合つた人物で、新岩組という土建業を営む大きな会社の経営者であると名乗つたにすぎず、連絡先を尋ねても家を新築中で電話はまだ引いていないと答えて、原告からの連絡を拒否するような返答をし、右会社経営の話とは矛盾すると思われる返答で譲渡人の信用性が十分でないまま、原告はその調査も全くしない状態で本件各手形を受け取つており、本件第一、二手形の前記記載から手形自体の信用性についても調査すべきであるところ、振出人や受取人に対する問合せをなしうるのに全くしないばかりか、支払場所である銀行に対しても単に振出人の信用度を尋ねたにすぎず、その際本件各手形の手形番号あるいは額面を明らかにして尋ねさえすれば、盗難後の補助参加人の対応から盗難手形であることが容易に知り得たと認められ、以上からすると原告は本件第一、二手形を取得するに際して、取引上、必要とされる注意義務を著しく欠いたため盗難手形であることを知り得なかつたと認められ、重大な過失があつたといわざるを得ない。

したがつて原告は本件第一、二手形の善意取得者としての権利を主張することはできない。

五以上によれば、被告らは原告に対し本件第一、二手形金を支払うべき義務はないので、原告の本訴各請求はいずれも理由がなく棄却すべきところ、これと結論を異なる各手形判決は、民事訴訟法四五七条を適用して、これを取り消し、原告の本訴各請求を棄却することとし、訴訟費用及び参加費用について同法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官小松 峻)

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